健康

否定的感情の根っこはどこにあるのか?

根っこですか。
僕は、前世にあると思っています。
それならあなたに責任はないですよね^_^
前世といってもはるか昔に、
食物がないよ〜
襲われるよ〜
殺されるよ〜
逃げなきゃいけないよ〜
ここにはいられないよ〜
ご先祖様は、ずっと苦労して、大変なことも乗り越えて、何とかあなたまで命をつないできたんですよ。
その知恵として
危機を乗り越える記憶を残してきたんです。
そこに不安や恐れやドキドキ感がくっついているので
僕らはつい否定的感情に支配されてしまうのです。
それがベースになっています。
その次に否定的感情ができたのは、
あなたになる精子と卵子が合体した細胞の記憶です。
その細胞は分裂を繰り返し、お母さんのお腹の中で10ヶ月暮らしています。
その間に、父母のコミュニケーションのズレとか喧嘩とか別れ話や仕事の不満とか、あなたを心配させる出来事はそれなりにあったはずです。
その悪い振動の記憶が残っています。
そしてあなたが母から出てきた後も、いろんな考えが刷り込まれます。
素敵な褒め言葉ならいいのですが、知らず知らずに、
恐ろしいことを言われています。脅しです。さもないとこうなる、さもないとああなる、ダメ! ダメ!
親も仙人ではないですから、ストレスで子供いじめがあります。あなたは愛されたい、かまってもらいたい
、注意を注いで欲しいと思っていても、無視されたり、異常に叩かれたりする人もいます。
いい子でいたい気持ちが空回りしたり、わざと悪いことして空回りしたりします。
人は皆、不完全ゆえに、いい人でありながら、悪魔になったりするのです。
あなたの恐れや不安、悲しみ、苦しみは、自分では意識できない潜在意識の中に埋め込まれています。
マイナスの感情
気分の悪い感情
否定的感情は
僕らの脳で巨大なデータベースになっていて、
それで否定的な感情が、何かを体験するたびに、
その体験に影を落としてしまうのです。
じゃあ、どうすればいいのか?
まず、このことに気づくことです。
そして自分の感情を見つめ、書き出してみることです。
脳内で繰り返している、悲観的な物語を紙に落として
客観化することです。
全てはここから始まります。
20160804

8月14日  

僕は大きめの財布から小さい財布に
2年前くらいだろうか
銀座のマザーハウス店で紺色の9-10センチ角くらいの財布だった
お尻にもポケットにも入れられる
そんな財布
それがフランスでなくなった
昨日パリの小さな店で新しい財布を買った
セレクトショップだろうか
財布はやはり無いと困る
お札と小銭をバックのポケットでは、、、、
緊急でHirokoさんから借りたが
やはり落ち着かない
デパートとか探せばもっとあるんだろうが
この小さな店で婦人対象の店で
選びようもない
2種類しかない
一種類は少し大きめ 便利 合皮
もう一つが本当の皮 ひん曲がっている
傾いている
迷ったがやはり自然の皮財布がいいということになった
いびつだが自然なもの
きっとトルコとかポーランドとか
ちょっと下手な職人もどきとかの財布かもしれない
いいものの半額くらいか
でもその触り心地を楽しんでいる

8月14日 

パリの公園には卓球台とかジムとかある
アイデアですね

今日も5キロ以上歩きました
パリの運河 カナル近辺を
家に帰ってビールを飲もうとしましたが
なんだか今日はお店に入りたくて入りました
ビールは一杯1550円
オリーブ塩漬け付いてきました
チキンを食べました 4100円
パリ価格ですね!
前菜頼んでワイン飲んで
デザートコーヒー頼んだら1万円くらいでしょうかね

小さな皮の財布を買いました
カッコ良くもありませんが、小さくて便利です
カードは4枚くらい入ります
10枚くらいのお札と20枚くらいの小銭が入るでしょうか
そのうちにヒモもつけます〜笑笑

昨日は美味しいスープができた
神宝塩ダッシー(出汁)とサラミの旨味だろうな
最後はアマテラスと神宝塩山椒七味で味を整えた
今日もこれから作ろう〜
(宣伝編 笑笑)

塩についての真実

塩はただの調味料ですが、実は究極の薬です。
これの証拠は、緊急医療時の応急処置として塩水(サリン点滴)が使用されているということです。 以前は犯罪者に塩を否定する罰があった。 戦争中、塩生産施設と塩田が標的になり、まず破壊された。
植民地政策の下で支配下にある者は塩の生産を禁じられていた。 インド独立の父マハトマ・ガンジーが達成したことは、インド人が塩を作ることを可能にしたことだ。 これは、何千年もの間、数万もの間、塩分が生命そのものであり、病気を予防し、健康を維持し、通貨として役立っていたからです。 塩は確かに栄養と健康回復に最も貴重な物質です。
キリスト教と神道教の両方において、塩は神からの贈り物と考えられています。 医学と解剖学において、基礎は血液と体液にあり、体の約70%を構成しており、その構成は海水に密着しています。
海水を輸血中の血液プラズマの代替物として使用する可能性は、1897年にフランスのルネ・キントン博士によって実証されました。 海水療法は、多くの個人の健康回復に大きく貢献し、その功績は現在、救急医療で血管点滴として活用されています。
今大事なのは塩分の摂取量を増やすこと。 昔の日本人は毎日30グラム以上の塩分を摂取し、高血圧症や糖尿病などの生活習慣病は少なく、医療費も今の100分の1にも満たなかった。
20歳で腎臓を患い、トレースミネラルの大切さを理解するようになりました。 これのおかげで塩が健康回復の重要なツールであると確信するようになった。 その結果、強い還元力と幅広い範囲のトレースミネラル要素を備えた高周波ブレンドソルトを作り始めました。 人間、犬、猫の構成を真似するため、17種類の生塩、焼き塩、燻製塩を器に手作業で混ぜて、誰かの幸福を祈ります。
レネ・キントン博士のおかげで、私たちの体は海のようであることがわかりました。 この体海に生息するすべての細胞と臓器は、生命力をもって働く。 土地に生息する生命は、海、その起源を体内に運ぶ。 しかし、ほとんどの土地ベースの食品は塩化ナトリウムをほとんど含んでいません。 ですから、毎日塩分を摂取することで、私たちは体内の海を維持し、エネルギーを維持することができます。
毎日の食生活に良い塩分を加えることを考えてみてください。 ご愛顧のほどよろしくお願いいたします。
工藤清俊

8月13日 

僕が買った写真
いろんな写真があったが
自分の心象を語ったこの写真を選んだ
僕は笛を吹きながら愉快に進んでいく
困難を乗り越えて

ぶらぶらパリの街を歩いた
バスチーユ広場を目指して
さらにその先にセーヌ川がある
人々は公園や川やカフェで楽しんでゆっくりしていた
感覚で動く
そして写真展を見つけた
アジア人が居た
僕は写真を観た
日本人かと日本語で言われたので
はいそうですと
写真家も日本人だった
パリに来て44年だという
モンマルトルの方に住んでいるらしい
写真で食っていけるなんてすごいなあ
僕も20代にパリとかで仕事をしてみたかった〜
そんなことを言った
彼がどんなふうに生きてきたのか知りたくなった
僕は写真を観た後もしつこく居た
彼は僕のもうひとつの生き方をしていた
僕の人生にも100くらいの道があった
20代にパリやニューヨークに行ってしまってなんとか生きて何かになる 
何かははっきりしない
画家でも音楽家でも無いが 作家か写真家かインテリアデザイナーか建築家か
ナイフの作家か、、、、
僕があの時ああしていたら今こうなっているかも知れない そう思えた
僕の1980年代がそこに現れてきた
僕は50ユーロで写真を1枚買って
その画廊を去った

ドイツのスイス国境沿いに行く
ソルトセラピストさんが居る
たまたま日程があったのか
たみこさんに呼ばれる
8/25より
それからスイスでセミナーか
そしてスイス国境沿いのイタリア
神宝塩ファンのマリさんのところへ
マリさんは函館の無印良品ビルでばったり会った人
8/21〜はブルターニュ ゲランドの塩田地帯視察だ 前回の料理人家族 ルネカントンのお墓までサポートしてくれたミョウレイさん グレンダルさん
そしてチーズ熟成士の久田さん
9月はバルセロナチームに会いに行く マリアノさんにも会えるか
最後はチュニジア
それで日本に帰る〜

ヨーロッパではじめて塩をブレンドした
わずか
500g弱
それで次に何をするか分かった
ヨーロッパ神宝塩の始まり
まだ完成は半ば
広げて狭めて広げて狭める
これからだ!

これは寿司米 だが 日本の米か?

これで塩むすびだ
鍋で炊く ガスだ
サーモンを焼けばいいかな
醤油をぶっかけて
気持ち日本食だ
どうやらスペインのドミトリー宿にアマテラス味噌と梅干し置いてきたようだ
悔しい 笑笑

8月13日 

今日はパリのキッチンでスープづくり
やっぱりキッチンがあるといいね
玉ねぎ にんにく 人参 パプリカを神宝塩ダッシーで似た
あとで思い出してサラミと卵を入れた
そして昨日の残りのサラダにさらに野菜を追加して
塩とオリーブオイルと桃とバナナを入れた
昨日は酸っぱさが際立っていたのでフルーツの甘さで抑えた
生を多めに食べて火食は最後に

時差は解消できたのか?
答え 時差ボケは1ヶ月経ってもあります
昨日は9時間以上寝ました
先程こちら時間の9時に起きました
日本時間は午後4時です
どんな感じかというと長い昼寝をした時の感じです
パリでの朝は僕にはまだ日本での昼寝の感覚なのです
夕方まで昼寝してしまった
あの身体感覚になっていますね
これが20代なら違うでしょうね
僕は60代ですからね
身体に時間が刻まれた時間が3倍ありますね
日本で過ごした時間が身体のベースにありますね
フルーツを食べる習慣は変わりませんが
パンやバター、チーズ、肉の量や回数は増えます
塩の量は変わりませんが
醤油、味噌、豆腐、納豆、ご飯の量は減りますね
胃や腸の菌の状態も変わってくるでしょうね
便は完璧ではありません
明治時代の始まりにヨーロッパに学びに出された野村小三郎ほか
12人の若者が早くに亡くなったのは、長い船旅、そして異文化ストレス、食の違い、時差ボケがあるんでしょうね
僕も無理をせずに喜びを増やして過ごしてみます
まあ、遺伝子のなかに、ヨーロッパ世界やアラブ世界に生きてきた痕跡もあるでしょう
僕は生き残って帰ると思います〜笑笑

専門家はビジネスを創造する

それはかっこいい
素晴らしいことだが
裏面もある
多くの人を素人にして支配が始まった
古代から専門家は力を持ち始める
医療もそうだろう
誰かは真面目に正直に
誰かは悪知恵を使って治療
リピーターにする
それが最大限に知恵を発揮したのが
症状を悪いものとして治療するやり方
ここ100年売上を伸ばしっぱなし
一生リピーター
ここから逃れられる人はわずかだ

8月12日 

日本で1階はヨーロッパでは0階だ
1階は2階である
昨日泊まったホテルはエレベーターがない
51の鍵だった
部屋は6階にある
そして古いビルは天井が高い
つまり階段数も多い
エレベーターがない宿はいっぱいある
僕は25キロのスーツケースを運ぶときはトレーニングだと思考を変える
イライラすると考えて過ごさない
僕の思考を変えて踊るしかない
昨日もTJVでおじさんが動画を大音量で見ていてうるさい
様子を見ると楽しんでいる
しかし前の席の僕には大変な迷惑である
僕はおじさんの隣に移動して音量を多くして音楽を聴いた
しかしさらに前の席の人は2人のおじさんはうるさいと思うだろう
僕は2分で辞めて諦めた
僕は身体をクネクネさせて踊り始めた
腰の運動が必要だった〜笑笑

南仏は暑かった パリは程よい
11月くらいになれば南仏は気持ちいい
パリは少し寒いってなるんだろう
僕は冬は-20℃ 暖かくて+5℃みたいなところにも住んでいたこともある
慣れってあって-3℃ +15℃の東京も寒かったが
長野の高原と体感が大きく違わなかった
温度計ってなんだろう
体温ってなんだろう
感覚ってどうなんだろう
などと考えた
人それぞれだろう
僕は平均より塩が多く、平均よりは生食が多いだろう 僕は誰かよりは暑さに強く、誰かよりは寒さに強い
僕の体温は36、3〜36、8℃ くらいで低くはないが高くもない でもそれで体調もいいのでそれが僕の必要な体温なんだろう
今、パリは24℃で雨が降っているが、Tシャツ短パンで気持ちいい
気持ちひざが寒いか いやちょうどいいかな
昨日の6時間移動が少し身体に来ている 今日はゆっくりしたいしゆっくりできる
さっき昼寝もした
慣れない人の家だがご主人たちは旅行に出た
僕は初めてここの家を使う
サラダを作った
5€くらいのロゼを飲んでみた
結局僕はfacebookをやり、メッセンジャーをやり、Googleで調べ、LINEで仕事する
日本のどこに居ようがヨーロッパのどこに居ようが同じことをしている
環境が少し変わったくらいで僕はいつも自分の習慣の中にとどまっている
知ったかぶれば、カントの二元論に操られながら、ルネカントンの海水治療を考える
今日は豆の皮の議論や鰹節の焼き加減、炭の効用などを考えた
いろんな学びがあり気づきがある
いろんな経験をさせられて体験のデータベースが出来ていく
それが次の商品開発につながっていく
僕はただただ酒やつまみを食っているわけではないと言い訳を考える

パリに来たらそんなに暑くない

朝晩は涼しい
ちょうどいい
ヨーロッパは21時過ぎから陽が落ちて
22時くらいから暗闇に
夜遅くにコンサートや催事があることの意味が分かった
レストランが20時からオープンとか
スペインだが

セレの物件を視察できた
まずは小さなミッションを達成
塩を集めてブレンドして袋詰めする
それを必要な人に送る
そんな小さな場所を探していた
まだ決定したわけではない
ひろこさんの提案のひとつであるセレ
そしてエスポセンデ
コラボするアヴェイロのともこさん
さらに北の和田久さん
何をどの程度やりたいのか
どんなプロジェクトなのか
規模の感覚の整理
僕がどこで何をどの程度やるか
どこなら僕が納得するのか
僕の幸せ感はあるのか
そこに居て僕は満足なのか
今はペルピニャンからパリにTJVで移動中
あの財布が無くなったと分かったペルピニャン
あの紛失証明書を書いてもらったペルピニャン警察署
一昨日の事件が起きたペルピニャンを後にして
僕はパリに向かう
5時間1分 18号車の102番に座った
目の前には強そうなマダムが僕の足元まで進出し
バックも僕の陣地を奪っている
僕は足の置き場が無い
隣には13歳の男の子がいて斜めに通路側に脚を投げ出している
それでこの子の陣地を僕はいただき足を下ろす
まあそんなことはどうでもいい
僕の人生はあわてればあと5年
長くて20年なのだ
5年 1800日
僕はその1800日を不安や怒りや悲しみにひたっていたくない 毎日毎日にこやかで幸せってわけには行かないが65%は楽しく幸せでいたい
そんな思いでヨーロッパ塩セラピー普及計画だ
事業なんて半分は不愉快だ 思い通りに行くことは無い 理想を掲げながらえええという道程もあることは当たり前 辛くても笑って対応することもある
まさかという我慢も強いられたりする 誤解やコミュケーションミスは避けられない 
何もしなければつまらない
何もしなければ問題も少ない
リスクを考えればやらない方がいいことは多い
今まで何度かやらなければ毎月海外旅行ができたのにと思ったことはある
僕も毎日、ほぼ毎日家にいるなら しかも20年
犬も猫も飼えるのである
多少出かけてもいいくらいの仲間を作れば僕はそんな生活に突入できる
ヨーロッパで普及がそんなに楽しいのか
寿司も蕎麦も美味しいところはそんなに無いじゃないか
街がきれいだって言ったって毎日毎日見たら感動もなくなるわ
財布だってまたいつ無くすか分からない
言葉も覚えていないのだからどこに行ってもアウエイである
あれこれ考えながらのパリ移動である
夢を現実にするって具体的な行動を1000回はする必要がある 僕は今 せいぜい10回やったくらいだ

8月11日  

次回からは財布は2〜3個にしよう
スーツケースにひとつ、バックにひとつ
そしてユーロ紙幣はいくつかの場所に入れておこう
財布もひも付きにしよう
WhatsAppもやろう
ヨーロッパはFacebookではないね
今日はたぶん80歳くらいのモニークさんからリクエストがあった
英語ができないのでかなり会話で苦労した〜
しかし携帯があって、なおかつ電波があってよかった
それがなかったら大変だった
そしてフランスに住んでいる人とコミュニケーション、
信頼を培っていてよかった そういう時間があった
小さな奇跡が起こった
もちろん日本に帰ったら運転免許証も再発行だ
マイナスも大きいが、それをどう乗り越えるか
その経験もできた 
困難、苦難は避けたいのが当たり前だが
それを自分が作ってしまった
そしてなんとか70〜80点で解決 
これは病気も同じ
症状が必要な自然治癒力とは知らずに
病院に依存
身体がボロボロになって
そこから回復中
そんな身体では多少の塩 多少の酵素だけではすぐにはどうにもならない
いろんなことを整えていかなければならない
地道な挑戦だ

うわー 財布が無い〜


さあ 本当のコンナンがやってきた〜

8月9日 

インターネットのおかげさま
僕はヨーロッパでもスタッフや仕入れ先などに連絡を取りながら「健康回復塩 神宝塩」をお届けしている
注文も受け付けてたりする
睡眠時間以外はたいていはメール SNSなどと向き合っている 
Google map や Booking.com や先日紹介されたOmio ,
Rome2Rio など使いながら
駅でもホテルでもカフェでもネット
これ無くして生きていけないような感じ
まあなくなったらこんな動きはしない
今は20代 30代の夢を60代でちょっとやってみるって感じで塩巡礼をしている
海外に骨を埋めるって程の難行をするつもりは1%
ただ数年間は半々でもいいかとも思っている
僕は1冊の本を書いてあの世に行くつもりなので
異文化の体感は必要なプロセス
気づきや学び、発想、刺激、多様性は僕の栄養なのだ とつまらない時間を過ごした時に言い訳をする
塩の治療も海の治療も後世につなげたいとも思う
ルネカントンの実績も風雲のように流れて消えそうだが僕は少しつなげることができる
毎日移動と宿と食事だけのような日々だがそれでいいしそれで充分だが、何も不足はないと思うが追加で必要なのは新しい体験や知恵だ
今まで腑に落ちていなかったことが落ちる
疑問の正体が静かに身体に浸透してくる
僕の日常に多様性が宿る

なんとか電車に乗った
ほぼ満席
スーツケースを通路に置くしかない
1時間ボケっと駅でしていたが
その時間を過ぎてしまうと電車はいなくなってしまう
さんざん待って乗り遅れも困る
時計を気にする
8番プラットフォームだと電光掲示板出わかった
しかし8番がどこか分からない
ほんと初めての駅には苦労する
赤いジャケットの若くてきれいなお嬢さんが目の前に現れて8番はどこかと日本語で聞く
8番はあっちと言う
あれ 日本語だった〜
日本語学んだって言う
歩く あっち って下手な日本語だなぁ
若くて可愛い お人形さんのような顔
一緒に写真撮って飾りたかったが諦める
さよなら〜
乗り遅れないようにしなくっちゃ
さあどこの車両に乗ればいいのか
車両とシート?
どうやら自由席だ
女の子 男の子 2人に確認して
僕は間違いなくパルぺニャンに着くだろう
ニャンニャン(笑笑)

結果は負けはしなかったが


電車の払い戻しは駅ではできなかったインターネットでクレームしてみろと、、、、
ペルピニャンの移動は新たに購入
特急は満席 急行は2時間32分だあ
15:49着
そこからバスだ 1時間ちょい
そして10分歩けば今日のホテルだ
出発まで1時間ある
トゥールーズの駅でトータル5時間も暮らしている
しかし飛行場で10年も生きていた人もいた
無駄な時間だがどうしようもない
これも人生にアカウントする
当たり前だが小学生も中学生もフランス語を話している 僕は聴き流すだけだ
ネットがつながっているだけでも恩恵なのか
笑笑

日本の夕方時間に起きる
夜は眠いが寝れなかったり
足はだるい
部屋にクーラーはなかった
ギリギリの暑さ
なんとか大丈夫
いつのまにか寝た
起きたら8:30過ぎ
寝不足ではない
ゆっくり朝を過ごしてパッキングして
チェックアウト
短パンTシャツが今日の装い
日陰は気持ちいい
日向は暑い
重いスーツケースをゴロゴロ転がして今日も巡礼だ
トゥールーズは黒人 アジア人多いかも
今日はチナかって言われたがJAPANと答える
向こうにとってはどっちでもいい
駅に着いた チケットセンターに行く
小さな山場 昨日乗れなかった遅れた切符と
今日のペルピニャンに行く切符とうまく交換できるか
今並んでいる
オフィサーの椅子に勝手に座ったら注意された
僕はオフィサーだと言ったが鼻で笑われた

今日は目的地セレの奥の村へ

セレに宿が一軒だけ空いていた
ブッキングコムでは
でも4人部屋で20,000円くらいなのでやめた
1人だし
視察するところはセレの街を離れた別荘だから
セレでなくてもいいと思い
アメリー村へ
宿は取れた 2泊
110€くらい 1泊8500円くらいか
これが1番安かった
毎回1番安いとか泊まっているね
お金持ちなのにね 笑笑
高級な素敵な宿に泊まると貧乏な宿が嫌になるし
20代にやりたかった海外放浪の真似っこ
バックパッカーならいつもドミトリーだ
でもドミトリーはできれば避けたい
それでその上のランク、個室で安い宿を選んでいる
しかしだからこそ困難も発生する
安い宿にはその理由があるからだ
円が弱いのもある
日本はGNPは世界4位だが、豊かさでは30〜50位くらいだという
難民よりはマシだが、豊かな国の後ろにいる
下を見ればキリがない
僕も難民の1人だったら掘立て小屋で暮らし、食を探しているだろう
ホテルにタオルがない
宿がうるさい
上のベッドの隣人がうるさい
全てなんちゅうことはない
昨日も3時間近くごった返す駅にいたが
フランスの庶民2人と会話した
僕がスーパーで買い物してホテルで食べるのが好きなのは
品質がいいものを食べたいからだ
そして生食を多くしたいからだ
そこに塩をいっぱいかけて食べるのが好きだからだ
味付けは自分の好きなように
レストランの材料よりいいものを食べたいからだ
とはいいながらレストランも使う
昨日も寿司屋に行った
韓国人か中国人の店だ
だいたい日本人がやっている日本食レストランは少ない
海外でのチャレンジ精神は彼らの方が強いような気がする
中国人は特に
中国で溢れたら海外だ
一攫千金目指して
僕は熟年おじさんだ
モタモタしていると爺さんと呼ばれる
青年ではないことはドミトリー宿泊でよく分かる
僕は僕の人生を僕自身で愉快にするしかない〜

また困難である
ルルドからいよいよ地中海側の都市に向かう
ナルボンヌ
トゥールーズ、カルカッソンヌなどの街も歩いてみたいが
今回は辞めることにした
目的のセレに着いて物件を確認することを選択
そのうちに行けるだろうから
もちろん命などいつ終わるかも知れないからこれが最後かもとも思うが
選択するしかない
今日は何かとつまらぬような小さな沼に落ちる
まずは切符 当日の最後の席なのか71、5€もかかる
知り合いがネットで探すと56€なんだが
腑に落ちないが仕方ない
行き先が決まったので宿を取る
100€で2〜3件はあったのに
68€のアパートを予約した
これが失敗だった
鍵はまた探さなければならない
その情報の前に別に100€をデポジットしてくださいと
そしてサイトに行って手続きするとカード2枚とも拒否された
デポジットができないと泊まれない
そして送られてきたメールには友人によれば
シーツもタオルも別料金
少なくても11€プラス
これなら100€のホテルでよかった
しかしキャンセル不可 返金不可だ
リスボンのソプラノ歌手に相談しているがらちがあかない
電車を降りたら再度 カードでデポジットできるかやってみる
フランスの電車はどこの車両に乗ればいいのか僕には分かりにくい
014号者の045 と書いてあるがそれがどこなのかも分からず
ともかく空いている席に座っているがいまいち落ち着かない
そこに宿の予約が完結しない
言い聞かせる
10,000円をどっかに落としただけだ
命には何も影響ない
またホテルを取ればいいこと
損したが儲けたと思えばいい
おいどうやってそんな思考ができるんだと反論されるが
あれだけ店で朝から酒を飲んでくっちゃべっているのに
電車では誰も酒を飲んでいない
日本ならあちこちでプシュってビールの缶を開ける音が聞こえるのに
弁当やお菓子、お土産を持ってくるサービスもない
車両は2両程度でしかつながっていない
ところで僕のスーツケースにはワインがある カップもある
さて飲んでみるか
ああ、いいねって微笑んでくれるのかなあ
結局飲まなかった
やっぱり困難は続いた
トゥールーズで乗り換え
そしたら25分遅れると表示があった
その表示を読むのも大変だが
どの電車が何番に着くか 何番で乗れるかはその時次第だ
そして待っていると今度は1時間待ちとなった
待っていると今度は2時間待ちとなった
駅員を探してもいない
僕も駅でなんとか席を見つけて待つ
2時間半待ちになった
もうキャンセルにしてトゥールーズで泊まろう
50%以上は払い戻される
そして並ぶ ここも1時間近くかかりそうだ
やっぱり乗ろうか
でも疲れた ホテルを探す
駅から歩けるような 13分歩けるところに74€であった
これを選択
僕の巡礼は今日は終わり 宿も電車もうまく行かなかった
トゥールーズの神様はお前はここに留まれっと言ったようだ〜

ルルド巡礼
世界中からやってくる
人いっぱい
賑やか
僕はこころを整えて
静かに祈る
僕しかいないかのように

8月7日  

37€で2回乗り換えてルルドに着いた


40€の安宿
個室でタオルもある
窓は狭い
シャッターのようなもので60センチ✖️60センチ
車の音はうるさい
香害はない
建物は古い
まあ個室でほっとする
ルルドはピレネー山脈の麓
小さな町だ
電車から教会が見えた
あの近くにルルドの泉がある
乗り換えは少し面倒だった
座席も自由なのか指定なのか分からなかった
エレベーターが無い
エスカレーターも無い
スーツケースを腰に乗せて降ろしたり登ったり
大きなトラブルはなかった
電車内も静かだった
途中電車乗り換えで100分くらい時間があった
IPAを飲んだ
グラスも良く美味しかった
普通の生ビールなら2€くらいだが5、5€だった
5、4€しかないって出したら いいよって
おじさん 何か日本のアニメを真似たのだろうか?
忍者の踊りだったのか?
僕の目の前で踊った
白髪のおばさんと一緒に笑ってあげた

さあ移動だ
パッキングして宿を出る
まずどこに駅がある?だ
Google mapが無かったら何度も尋ねなければならない
戦争の道具だったインターネットもこの機器もMAPというアプリも役立つ
戦争で勝つためにはなんでもする
覇権のためにはなんでもする
その考えは今も最も大事なことだ
僕には今日目的地に着くことだ
また切符が買えない
機械の前で呆然とする
小さな路線地図が脳に入ってこない
どこだ? どこだ?
Google mapを確認しなくちゃ
ヘンダイネ
アンダイネって読むみたい
ルルドもLourdes
そんな文字はどこにあるのかわからない
駅員なのかやってきてどこに行くのだと聞かれる
ルルドはどう発音するのだ?
ルルドって言っても分からないようだ
他の人がアンダイネだねって言う
そうだそこで乗り換えだ
5分くらい歩くようだった
思い出した
切符が買えた
ほっとする
そして改札を通ろうとするが
さて何番線だ?
また駅員を探す
20キロのスーツケースと共に動く
4番線だと分かる
2度確認する
指を4本立てて
そして再度Googleマップをチェック
そしたら今から2時間以上待つことが分かる
違う駅からなら20分後に出発できる
あーと思いながら改札に戻って行く
そして電光掲示板を見た
あと25分後に電車が出発すると知る
またプラットフォームの真ん中に戻り
甘く無いチーズケーキを食べた
美味い  笑笑

一軒目 満席 断られる


二軒目バスクチーズケーキを買おうとする
小さなカットが無い
仕方なく去る
さてどうするか
どこも混んでいる
三軒目を見つけた
雨が降ったので外の席は空いている
そこを選んだ
テーブルと椅子を拭いてもらって
今は雨も止んでここがベストだ
今回の旅で初めて靴を履いた
草履が滑るからである
店の前にはお客がいっぱい
僕が一足早かった
多くの人が立ち飲み
パンもピザもバーガーもスイーツもいらない
焼き魚かステーキだけでいい
少しご飯があればいい

8月6日 

2段ベット 12人部屋で1泊10,400
ドミトリーって言う
ホステルや安宿ゲストハウスにある
1泊1,000くらいの奄美大島
先日東京で6800円くらいで泊まったか
今回は僕の歴史では最高額だ
建物は大きい
200人くらいは泊められるのか
地下にキッチン リビングはある
自分のプライバシーは2段ベッドの平面のみ
カーテンも隙間がある
この建物の中庭は夜はバーになっていて
12時くらいまでは賑やか
海は歩いて4分
街は1-15分でどこにでも
立地はいい
飲食店もいっぱい
スーパーも近い
きれいな店もたくさん
僕はキッチンで赤ワイン
残っていたオリーブの塩漬け
イギリスのブルーチーズ
少しのパンでaperitif
さあ食堂でも行くかってなったら雨
気温は20℃で風がふけば18℃って感じで
短パンでは寒い
さあ これで断食すればデブにはならない
しかし寝る頃に空腹も寂しいなあ
みな今の思いをいっぱいに話している
最後の1週間の命の蝉のように
音楽はジプシーキング
ノリノリだが悲しい旋律がある

工房候補 南仏セレに向かう
ポルトから向かっている
今はスペイン 明日は電車に乗ってルルドへ
ルルドからカルカッソンヌ、ペルピニャン、セレ
電車やバスを乗り継ぐ
いろいろ面倒だがこれも修行のひとつだろう
異国を身体に刷り込んでいるのだ
違うって言えば違う
似てるって言えば似てる
よく喋ってよく食べる、飲む
肉ガンガン
卵ガンガン
チーズどんどん
けっこう元気
おデブさんも多い
食べる量 スイーツの量 ポテトフライの量が半端ない
それでも日本より癌が少ない
日本は10倍は添加物 化学物質 クスリという毒が身体に入って臓器を腐らせているのか
、、、、、
検査も徹底
早期発見一生リピーター
しかしサンセバスチャン 
小さな美しい きれいな街だが
観光客の多いこと
渋谷のセンター街と同じくらい浜辺を人が歩いている
マンションは8000万円くらいから3億円くらいか
僕には相応しくない感じ
久保建英は応援している
僕はここから90分くらい離れた寂れた人が居ない不便なところがいいみたいだ
月に2回買い物に来ればいい
まあ海辺で犬と猫と散歩は夢だ〜
ジョゼさんのあの丘の上
人も居ない
静かなプール
都会で買った本を2週間で50冊くらい読んで
僕はこの世界を読み解く
そして自分で地球を作って
僕の王国を築けばいいのだ
骨はどこにでも埋められる
骨は粉にして林檎の木の下と海に撒けばそれでいいだろう

14-22℃ サンセバスチャン スペイン
涼しいよう〜
カーディガン1枚持ってくればよかった
シャツの上に羽織るやつ
そんな涼しい場所もあるとは知らなかった
もう冬のようにダウン着ている人もいれば
Tシャツ短パンの人もいる
僕はズボン2 1枚は寝巻きにできる
短パン1
シャツ長袖3
半袖1
あとは下着
これで足りるが 寒い時に羽織る一枚 パジャマ
一揃い 短パンもう一枚あってもよかった
観光はあまりしないが宿と駅の間に大聖堂があった
夕方には人は少なかったので楽しめた
そびえ立つ塔を下から眺めた
ガンダムにも似ているような
ここまで僕らに威容を恩恵される
(どっかの訳のような文章笑笑)
あかりという日本料理に行って2回目の寿司
日本では塩を扱っていると挨拶した
しかしこれが彼らの勘違いにつながった
僕はそのことに気づかなかった
1人なのでしかもお腹6割しか空いていないので
あれこれ頼めずに
ビールとにぎりを頼んだ
食べ終わってゆっくりとしていたら
デザート コーヒーはと言われたが白ワインにした
ゆっくり飲んでいたら
次に食事する人がいるからとテーブル移動へ
まあもう直ぐ出るのになあと思いながら
キッチンそば きっと満席になったら最後に提供するテーブル
そこにどうぞと
まあいいかと思って残りの白ワインを飲んでいた
なぜか僕のテーブルの上でアルバイトが
ナプキンをたたんだり、テーブルクロスをどんと置いたりする
アルバイトの作業場なのだ
このテーブルは。
やがて女将がやってきて
今日は忙しいから明日でも来てって言われる
??
そして分かった
僕は塩の業者さんで営業に来たと思われたようだ
僕はただのお客で来たのに〜
まあこんなこともある
向こうから見れば忙しい時に来ないで明日暇な時に来てって思いだろう
レストラン経営者と一般的な業者さんの関係か
悪気はない
そんな世界があり、僕はそんな世界に入り込んで行ったのだ
そうなだめて僕はまだ明るいサンセバスチャンの街を歩いた

8月5日  

スペインで味噌汁
梅干し入り
鰹節入り
アマテラス味噌
今日も元気で過ごします

サンセバスチャンに着いた
5時間くらいかかった
少し遅れた
電車を降りる
みんなが歩く方向に歩く
みんなが出るように出たが
Googleマップでは川の反対だ
どうやって川の向こうに行くか
迷った
また駅に戻ったが追い返された
あっち!だよ
まあいいか
時間はある
運動も大事
ぐるっと駅を回って向こうに着いた
後は10分 20キロのスーツケースをガラガラ連れていくだけだ
ガラガラ歩いた
あと2分で大雨が降った
喫茶店の入り口で雨を待った
ようやくチェックインだが入口を間違った
雨で少し濡れた
僕はチェックインできた
実は今日も12人部屋 ドミトリーだ
今回はカーテンはある
2段ベットの2階だ
できれば個室がいいが
サンセバスチャンは人気なのか一泊150€以上
ドミトリーでも66€
ドミトリーを2泊予約した
ホステルのキッチンで念願のワインを飲む
そこにはドイツのアナさんとオーストラリアのマリーさん
やがてチリのアベマリアさんがやってきた
アナさんは健康科学の学び人 マリーさんはナース
チリのアベマリアさんは脳科学研究オンライン先生
まあ僕は英語は苦手
会話はつらい
1人でゆっくりしたい
でもちょっと参加した
でもやっぱりしんどいね
コミュニケーションが続かない
まあ気にしないことだ
自分が会話の中心人物でなくていい
誰かに好かれたいわけでもない
僕は僕の世界で生きていればいい
塩家族では少し人気でもスペインのホステルではただのおじさんだ
ちょっとがっかりするが仕方ない
それもそれで味わうしかない
まだ19:16
僕が行きたい料理店は20時に開く
そこには日本人がいるらしい
僕はやや得意の日本語を話す

ポルトからサンセバスチャンへ移動
3日かけてバスと電車
62€かな
宿は2泊で98€
今は4:44 の特急
長いが仕方ない 飽きる
スペインのやや乾燥地帯を通って
フランスに次ぐスペインも農業大国だ
スペインでは僕をフランス人と思いフランス語かって聞いてくる
今日はスペイン人女子高校生からスペイン語で
質問される
僕をアジア系ヨーロッパ人だと思っているのか?
実際は英語も15点 フランス語1点の落第生
身振り手振りは50点
かろうじてヨーロッパで生きている
昨日は大麻の店があった
何か買おうとしたがやめた
日本に帰る時とか何か引っ掛かったら嫌だ
電車内はスペイン人はうるさいって思っていたがこの電車はさほどうるさくはない
サンセバスチャンは行ってみたい場所だった
僕は日本人のサッカー選手の海外挑戦を楽しんでいる
ここは久保建英が所属するレアルソシエダの本拠地だ 来週末にはリーグ戦がスタートする
塩の普及など忘れて10ヶ月間騒ぎまくりたい
そんな願望もあるが テレビで時々観戦しよう
大谷翔平もいい
毎日彼の追っかけをするのも楽しいだろう
ヨーロッパにいると日本にも憧れてくる
帰ったら日本でゆっくりしてまたぼちぼちとセミナーなどする
まともな寿司が食いたい
フラメンコも闘牛も見ていないが
スペインワインとスペインの生ハムは食べている